25年前初めて人工知能が登場した時の懐かしい体験

作成日:2023.2.28(火)、変更日:2023.2.28(火)

「人脳」と「電脳」

最近、上海で大学時代の友人と食事をしていたとき、隣の席から次のような会話が聞こえてきた。

甲:「君、レスポンスタイムが長いじゃないか?CPUが遅いなあ。」 乙:「違いますよ。僕はマルチタスキングですからね。」

この会話を普通の話に直すと、甲は「乙は反応が遅いので、頭が悪いじゃないか?」と言っている。それに対し、乙は「自分の考えていることが多いからです。(マルチタスキング)」と反論している。

上の二人が、人脳のことを電脳にたとえて冗談を言っていることがよくわかるが、不思議に思われるのは、日常会話の中で、コンピュータ専門用語がこんなに頻繁に使われることである。特に、最近のインターネットブームで、コンピュータがもたらしたバーチャル世界が、われわれの生息している実世界に急接近しており、人間とコンピュータとの間で、切っても切れない関係になってきている。

そこで、人脳と人脳より生み出された電脳の間で、どんなつながりをもってゆくのか?人脳と電脳は友達のような存在になるのか?それともライバルのような存在になるのか?また、電脳は人脳に勝てるのか?

確かに、集積回路の飛躍的な進歩につれ、人が一生で経験や学習によって蓄積された知識のすべてを、一枚のチップに記憶することができるようになった。大量の知識を蓄積するだけでは、電脳は人脳より遥かに強力的である。今年の5月に、アメリカの「Deepblue」が世界で初めてチェスの世界チャンピョンを負かしたニュースは、この有力な証明である。「Deepblue」を作るには、IBMが二十年以上粘り強く、チェスのプログラムを改良し、チェスについて人間の持っている経験的な知識をなるべく多く集めて、コンピュータに入れてきた。最後にチェスの世界チャンピョンより強いチェスのプログラムを完成したのである。この意味では、電脳は決まったことについては人脳よりも早く、しかも確実に仕事を完遂する能力を持っている。それに対し、人間は遅いし、不確実なところもある。

一方、人脳ならではの優れた機能が何だろうか?人間は、普段何気なく受け取った情報に基づき、迅速に対応する応変能力や、個別の経験から一般的な規則を帰納する推理能力を持っている。そして、人脳には、突然よいアイディアがひらめく仕組みがあり、その機能は創造的な発想に非常に重要である。人脳はどうしてそんなに高級な機能が果たせるのか?ここで脳の実態をみてみよう。人脳には、1000億個もの神経細胞からなる巨大な回路システムがある。この構造は現在のスーパーコンピュータより遥かに複雑である。神経細胞間の結合の配線を引き伸ばすと、一人の脳だけで地球を何周りもするほどの長さになるという。人脳が上のような構造をしているからこそ、毎秒百億ビット以上と言われる情報量をリアルタイムに処理することが可能である。ところが、人脳の基本的な推理機能などについて、ただ闇雲のように調べていって分かるものではない。人間はどのようにして物事を記憶して活用しているのか、どのように物事を考え判断しているのか、どのようにして連想的に知識を取り出して運用しているのか、といったことを研究することによって、コンピュータの発展にも役立ち、これから実り多い結果が出てくるだろう。

「人間の魂をROMに保存すれば、人間はコンピュータに変身することによって永久に生き続けることができるだろう。」という話をどこかで読んだことがあるが、人間は電脳のような存在になる、というより、情報管理などの決まった仕事を電脳に任せることによって、解放された人脳はもっとたくさんのすばらしいアイディアを生み出してくるだろうと思います。

人脳と電脳はこれからもずっと仲良く相互補完してゆくに違いない。


(注)この記事は、東京大学理学部・理学系研究科学内誌(1998年4月号)に掲載されました。作者は朱木蘭です。当時東大大学院に在籍しておりました。